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当時、交通事故にて脊髄損傷となった男性のリハビリテーションを担当した話をお届けします。
この男性は事故に遭い、うつ状態となってしまい、自分を見失いかけましたが家族の支えもあり自身を取り戻した話です。
脊髄損傷とは?
脊髄は頚椎、胸椎、腰椎、とあります。
どの部位で損傷を受けたかによって障害の度合いが異なります。
簡単に言えば、頚椎では腕や足の障害、胸椎は腰から下。腰椎は足の障害です。また、脊髄損傷では完全損傷。と不完全損傷に分かれます。
完全損傷はナイフでスパッと神経を切られたように全て神経が損傷してしまった場合。
不完全損傷は一部の神経はきれずに残っている場合。
この方は50代の男性。胸椎レベルで損傷を受けました。
事故の原因はバイクでの転倒です。
胸椎レベルなので手などは自由に動きますが、腰から下が思うように動かすことができなくなりました。
また、排尿の感覚も悪く、自分で排尿ができないので、バルーンという尿取り管をつけていました。
鬱発症
事故当時、仕事をバリバリしており、会社でも役員として地位のあるお方で、出張も多く、かなり忙しい日々を過ごされていました。
また、息子の結婚式を3ヶ月後に控えている状況でした。
その中での事故です。
足の感覚も悪く、歩くことができないので、移動は車椅子。排尿はバルーンと、病前の体を比較して、変わりきってしまった事で、自分で自分の姿を見るのが辛く、精神的に落ち込んでしまいました。
何もやる気が起きなく、まるで人生が終わったかのような表情です。

転機
リハビリにお誘いしても悲観的な言動が多く、全く。と言っていいほど自分から動こうとすることがない方でしたが、息子様のある一言が転機となり、人が変わったかのように自分の人生を力強く歩かれることとなりました。
その息子様の言葉とは、
「俺の知っている親父はこんなに弱い人間じゃない。俺の結婚式には親族の代表としてしっかりと挨拶をしてほしい。そして障害者としてでなく、父親として生きてほしい。」と言われたそうです。
リハビリの日々

その一言が、本人にとって、「自分は必要とされている。」、「こんな自分でも思ってくれている人がいる。」と、思いを改め、リハビリだけでなく生活も生き生きとしてきました。
まずはやる気スイッチを高めるため、日中はパジャマを卒業。
お世話される障害者ではなく、自分で生きる障害を持った父親、男。になるべく姿から変わるようにリハビリも進めていきました。

結婚式の練習
リハビリを進めていく上で大切なのは何を目標にして頑張るか?です。
極論、歩けなくても、車椅子を使えば移動はできる。
それより、立っている時間を伸ばし、何かをできるようにすることが本人にとって意味のある活動なのか?
この男性の目標は、息子の結婚式で最後のスピーチを立ったまま行う。ということでした。
式の最中の移動は車椅子でいい。ただ、最後のスピーチぐらいは俺も立ってやってやる!と言われたので、目標は歩く事でなく、いかに立っている時間を長くするか?どうやって立っていられるようにするか?です。
試行錯誤
この男性は腕などは障害を負っていないため、腕の力は問題ありません。
ここからは共にリハビリを行う理学療法士との共同作業です。
まず、作戦会議をしました。
作業療法士の私は腕の力を使い、どのように立つまでの動作を行うか。
理学療法士の同僚は立ち続ける練習を担当しました。
足の力が入りにくく感覚も悪いので、立った状態でバランスを取ることが難しいのです。
模擬スピーチ
リハビリをする中で方法が見えてきました。
立つまでは腕の力を利用すること。その方法は、力を入れても倒れない手すりか台を利用し腕の力で体を引き上げる。
立った後は体の後ろに棒か台かを用意し、体を後ろに少し預ける事でバランスを保つ方法です。
足の感覚が悪いため鏡を使用しながら何度も反復しました。
そして、ついに成功!
スピーチの内容はその場の雑談でしたが5分程度は立ち続けることができました。
実際のスピーチ
その後は結婚式場の方との打ち合わせも行いました。
式場にあるものでこの練習と同じような成果を出せる物を用意してもらわなければなりません。
実際には立ち上げる際はマイクスタンドの足に力を入れても動かないように、鉄板をつけ動かないようにし、それを支えにして立ち上がる。
立った後はスタッフが体の後ろに特製の板を運び、体を預けられるようにする。
という方法で見事、父親としてのスピーチを立ったままやれたそうです。

その後
結婚式後も自分自身に自信がついたようで、車椅子を利用しながら会社にも出勤し、以前のようにバリバリ仕事をしているだけでなく、自分が障害を負った経験を生かし新たなプロジェクトも立ちあげ以前にも増して忙しくなったようです。
一度は自分の人生を諦めるまで考えた男性でしたが、息子様の一言で父親としての威厳を再獲得されました。
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