【製薬会社開発部のひとりごと】新規医薬品開発物語~副作用のない薬は効果もなかった~

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新規医薬品を開発していくなかで、失敗談というのはなかなか耳にしません。

成功した新規医薬品に関しては厚生労働省に新規医薬品申請書、審査報告書が医療品医療機器総合機構のホームページで公開されているので誰でも知ることができます。

失敗した医薬品についてはなにも公開されていないので、その会社以外は知ることができません。元医薬品開発業務に就いていた私の経験談の形で紹介したいと思います。

Pixabayより

もくじ

はじめに

新規医療用医薬品の成功確率は表1のように2万5千分の1とパーセントでは表示できないような確率です。

3,000化合物を合成して1つの化合物が前臨床試験に入ることができると言うことです。前臨床に入ることができるのは効果が動物で確認できてからです。

色々な仮説に基づいて化合物を設計しますが、なかなか狙ったとおりの効果が出るわけではありません。画期的な新規医療医薬品が前臨床試験に移行するのは大変難しい。

1)どのような化合物が効果を示すかの仮説がない
2)ヒトの疾患はどのような動物モデルで示せるかは仮説

そのため、自然物から色々な化合物を選択することもあります。

余談ですが、抗体医薬(近話題のオプジーボ(小野薬品工業)がそうです)は化合物を合成するよりも細胞のシグナルを調節する抗体部分はそのままで、人に投与することができるような形に変えたものです。かつては抗体を人に投与するような方法がなかったので、化合物で実現しようとしていました。一部成功したものもありますが、抗体医薬品で始めて治療できるようになった病気があります。しかし、抗体医薬は非常に高価であることが問題です。

前臨床試験というのは、動物を用いて毒性を調べるものです。動物実験で効果が確認できても190化合物中126化合物が毒性のために開発が中止されます。

人に投与するべきかどうかは難しい問題が存在します。

最近話題のアビガンは前臨床試験で催奇形性が明らかになっています。胃薬や睡眠薬のように多くの人が使うような分野ではこの時点で開発が中止ですがアビガンは人の臨床試験に進んで最終的に厚生労働省が新医療用医薬品として承認しています。
アビガンはインフルエンザに対する抗ウイルス剤として開発が行われました。作用機序が今までのインフルエンザに対する抗ウイルス剤とは異なっているので、今までの抗ウイルス剤に耐性を持つようなインフルエンザがはやったときの切り札として承認を受けました。そのため、そのようなインフルエンザが出てくるまでは市販することが許されていません。

コロナに対する抗ウイルス剤としては新たな臨床試験を行った上で承認を得ることになります。

国内臨床試験には第Ⅰ相、第Ⅱ相、第Ⅲ相試験の3つのハードルがあります。詳しくは医療用新薬は売り出しすぐに飛びつくのは危険?を御覧下さい。


新規医療用医薬品として市場に出ても、安泰というわけではありません。大きく分けて市販直後調査と再審査というハードルがあります。

市販直後調査は臨床試験では投薬された人の数が少ないために販売後に大量に使われると新しい副作用が見つかる場合があります。

再審査は厚生労働省が承認をしたときに、ある一定(普通は8年)をきめてその期間に出た副作用などを審査して販売継続を認めるものです。実はこの再審査期間がすぎると後発医薬品の発売が許可されます。従って、再審査に通っても、通らなくても新規医薬品を開発した会社にとってデメリットがあります。

経験談 ~副作用のない薬は効果もなかった~

あまり詳しく述べると元いた会社にばれてしまうので、対象疾患と治験薬名及び治験参加施設はぼかして話をします。治験薬は「ND-1」としておきます。(New Drug -1)

ND-1はたまたま他の病気で使われた人々に効果があるということで色々な仮説を立てて使用できるようになった分野の疾患を狙った治験薬です。

世界初の薬を目指したものですから、会社に取っては期待の新薬でした。複雑な構造式を持っていたので、大量生産のめどは前臨床試験を通過したときもできていませんでした。

第Ⅰ相試験の始まり

最初のつまずきは第一相の治験を行うためにお医者さんを集めた研究会でした。

今までの動物実験の効果や前臨床試験の説明をしたときに代表の先生から「こんな動物実験では人に効果があるとは思えない、動物実験の方法をもう一度考え直してください」といわれてしまったのです。

効果の確認のために動物実験を担当していた人の顔色が変わりました。(私は初めて人の顔色が本当に変わるところを見ました)返事ができないほど動揺していました。
発言した先生のおっしゃることはもっともと言うことで実際にどんな動物試験を行えば納得していただけるかを聞いて、動物実験の内容を提案しました。
その場はそれで収まりました。

しかし、実際に動物実験を行わなければなりません。6ヶ月ぐらいかかりました。

6ヶ月後、今度は順調に第Ⅰ相試験が始まり、結果がでました。最高用量でも有害事象は起こりませんでした。

不吉な電話

第Ⅱ相試験は第Ⅰ相試験の最大用量の下の用量(最大用量では生産費用がかかりすぎるため)で4週間投与にて100例を集めることにしました。

私が担当した施設では動物実験のデータを非常にわかりやすく伝えてくれたということで、あっという間に予定の10例の倍の20例が集まりました。

もう一つ施設を担当していましたが、教授に言われていやいややっているという感じをあからさまに顔に出して対応する先生でした。

その施設から突然電話がかかってきました。「赤血球、白血球など全ての血球成分が急に下がっている」とのことです。慌ててその先生を訪問することにしました。

確かにND-1を飲み始めてから白血球、赤血球が下がり続けています。
しかし、ND-1をのんで初日から下がるのは、作用機序からとても考えられるものではありませんでした。
血球低下は重篤な副作用なので、治験の中断も頭に浮かびました。

色々話を聞いていると、投与開始前日に体内に針を刺して行う検査を行っていることが分かりました。
これを確かめるために先生にCT検査をお願いしました。
検査の結果、針を刺した臓器から出血が続いている事が明らかになりました。
先生と十分な話し合いができたので、その翌日から治験の登録者数は増え、期限より前に目標症例数に達しました。

そうして、半年後予定よりも1年早く第Ⅱ相試験は終了しましたが・・・

第Ⅱ相の結果 -詐欺師とよばれて-

治験に参加していただいた患者さんのデータをもらいに行くときに、症例をたくさん登録してくれた先生から「君は詐欺師のほうが向いているんじゃない」といわれました。
「動物実験を説明する君の説明に騙された。まぁ患者さんは治験期間中は無料になった上に、交通費がもらえたから喜んでいたけどね」と嫌みを食らいました。

20例の登録症例中に有効例は1例もありませんでした。悪化例もありませんでした。動物実験の結果は一つもヒトに反映されていなかったのです。
つまり、ND-1は動物の薬ではありましたが、ヒトの薬ではないことが証明されたのです。

その後 ―開発中止まで2年―

すぐに開発は中止とはなりませんでした。投与回数が少ない、投与期間が短い可能性があるのではと、動物実験のやり直しを命じた先生がもう一度トライすることを希望したからです。

小規模に治験は1年投与でやり直すことになりました。
その際、私は担当を離れました。半分希望です。
経口投与して血中濃度は測定できる値であったからです。
なにも起こらないのはなにも作用を持たないという気持ちがありました。
結局、1年投与してもなにも起こらず、会社は開発中止を決断しました。

終わりに

動物実験では効果があるのに人では全く効果がなかったという話は新薬開発の世界では珍しいものではありません。

そのようなことが起こるのはその動物モデルが人の疾患とは症状が似ているが全く異なることから来る場合もあります。ですから、新しい動物実験モデルの開発は新規作用機序の薬の開発を促進するものです。

逆、動物には効果がないが、ヒトでは効果があるという場合があるでしょうか。動物実験で効果を確かめることができなければ臨床試験ができないということですから、臨床試験を開始することはできません。

しかし、そのような薬は存在します。

高コレステロール血症に第1選択薬として用いられるスタチン系薬物です。

最初のスタチンは動物実験でルールとして定められているげっ歯類(マウスやラット、ウサギ)では効果がありませんでした。しかし、はっきりとした作用機序を持っていたので、色々な動物を試して効果がある事を示して臨床試験にこぎ着けています。

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」の故野村克也氏の言葉を借りれば、開発中止の理由をしっかり見直すことは非常に有益であると思います。

こちらの記事も参考にどうぞ。

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カテゴリー:”薬”立つ情報, その他・予防法, 製薬会社

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