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2018年のノーベル医学生理学賞は「がんが生体の免疫系に制御をかける仕組みの発見」に対して本庶佑京大名誉教授とアリソン テキサス大学教授に与えられました。
実際に受賞した理論に沿った薬物が制がん剤として効果を示したことから、理論の発見者にノーベル賞が与えられたことになります。
その理論から生まれた免疫チェックポイント阻害剤として今までの手術、放射線療法、化学療法の三本柱に加えて第4のがん治療として認められています。
2年前に発売された薬がノーベル賞を与えられたのですから優れた業績である事が分かります。
その前にノーベル医学生理学賞を受けたiPS細胞は最近患者で使われるようになってきましたが、まだ厚生労働省に認可されたわけではありません。
2020年のノーベル医学生理学賞はC型肝炎に対する薬剤の発見に与えられました。
この薬剤は免疫チェックポイント阻害剤よりも前に発売されていたのに受賞は後になりました。
C型肝炎をほぼ治癒する病気に変えたわけですから、ノーベル医学生理学賞の受賞は当然と思います。
薬剤発売からノーベル賞受賞までの期間を考えると免疫チェックポイント阻害剤のすごさが分かります。
もくじ
免疫チェックポイント阻害剤の開発秘話
ノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑京大名誉教授の受賞講演では、特許の出し方に関して分からなかったので、小野薬品工業に特許出願を共同でお願いしたと語っています。
しかし、小野薬品工業は免疫チェックポイント阻害剤の開発に関しては消極的でした。
免疫に作用する薬に関して日本の製薬会社には悪夢のような思い出があるからです。
このままではダメだと感じた本庶佑京大名誉教授はあらゆるところに売り込みをかけたそうです。
アメリカのベンチャーが開発にのるという話が出た途端、小野薬品は本格的に開発することに合意したそうです。
このあたりが特許をめぐって小野薬品工業ともめている遠因があるかもしれません。
実際、小野薬品工業は自社ビルを建て替えるほど儲かったそうですから。
免疫に関する悪夢
1976年クレスチンという制がん剤が厚生労働省(認可の時は厚生省)が認可を与えました。
発売年の年商は150億円、最高で700億円を1年で売り上げました。
ちなみに、2019年度の日本で最も売れた医療用医薬品は免疫チェックポイント阻害剤のキイトルーダで1358億円です。
MSD社が販売している免疫チェックポイント阻害剤です。
小野薬品工業の免疫チェックポイント阻害剤オプジーボは873億円で4位となっています。

免疫チェックポイントは薬価が高いので、使用患者数は桁違いにクレスチンが多くなっていました。クレスチンの効能効果はがんの術後補助療法です。
術後補助療法とはがんは手術しても再発することがまれではなく、かなりの割合で手術で切り取ったはずの場所やその他の臓器でがん細胞が大きくなります。
クレスチンが発売されたのは1976年ですから、今と比べると手術方法も劣っていましたから、術後の再発率は今よりも高いものでした。
クレスチンはサルノコシカケというキノコから抽出した成分を原料とし、免疫力の賦活します。そのころは免疫調整薬とよばれていました。
しかし、発売後10年たったときに厚生労働省は再審査を行い、結果として単独では効果が無いと判断し、効能を「術後補助療法ただし、化学療法剤と併用すること」となりました。
クレスチンがなぜ売れたかというと、副作用が見られなかったからです。
手術してがんを取ったのですから、再発予防のために化学療法を行うことは副作用を考えると二の足を踏むことが多かったのですが、副作用がないというクレスチンは医者と患者の不安を取り除いたので、爆発的に使用量が増えました。とりあえず「クレスチン」を飲んでおけばいいということです。
アメリカにも申請しましたが、FDAはデータ不足であるとして承認を与えませんでした。
そして、使用量が増えるに伴って、お医者さんの中で本当に効果があるのかという疑問がでてきました。
承認のためのデータは公開されていないので、はっきりとしたことはいえません。
しかし、術後の補助療法に関して、二重盲検比較試験は行われていなかったようです。(行われており、統計学的に有意なものであればFDAも認可している可能性があるからです)
術後補助療法において有効であるというデータは再発までの期間のデータが必要です。
これは簡単なようで難しいことです。定期的に検査を行わないと、再発したかの時期が明確にならないからです。
いいかえると、3ヶ月に1度ぐらいは検査を行う必要があるので試験を行うのにコストがかかるということです。
もともと完全に手術でがんが完全に取れていれば2年から3年は再発しません。(どこにがんができたかによって期間は異なります)
従って、プラセボが2年で50%再発して、薬剤投与群が30%しか再発していないというだけでは統計的に問題があります。
効能に縛りがついた途端にクレスチンの売り上げは激減しました。2018年には製造販売が中止となりました。

効果がないものを薬にした
厚生労働省が化学療法と併用するという縛りをつけたということは単剤では効果が無いということです。
効能に縛りをつけるまでにはすでに1兆円を超える金額が使われていました。
そのため、国公立、大手民間など2,000以上の病院が加盟している「日本病院会」は1兆円も効かない薬に使ったということで、製薬業界と厚生労働省を非難しました。
その後、制がん剤を申請するためのガイドラインが制定されることになりました。つまり、今後は改めるので、今までの件はチャラにしてくれということです。
効果が無い薬が有償で投与されたことに関して金銭的な補填するなどということは行われませんでした。
もう一つの事件
いわゆる丸山ワクチン事件です。
クレスチンに続いて、ピシバニール、レンチナンが同種の薬として市場に出てきました。
ピシバニールは注射剤であること、レンチナンは胃がんに適応症が絞られたことから売り上げはクレスチンには及びませんでした。
丸山ワクチンはピシバニールと同様な効果を持つことで厚生労働省に申請が行われていました。
しかし、厚生労働省は不許可としました。
患者団体が使いたいということで、不許可の問題は国会で審議されることになりました。
その時の議事録をみると、がんと判定した症例のなかにがんでない患者が混じっていたなど申請データがずさんであったから、との答弁がありました。
しかし、データを集めるために本来患者は無償である治験を有償治験という特殊な形で患者が使えるようになりました。
これは患者団体を応援するために色々マスコミが騒いだ結果でもあります。
なかには、あるクレスチンの開発を行った大学教授が審議会メンバーであることを問題とするマスコミもありました。
しかし、クレスチンが効果を示さなかったように、丸山ワクチンも効果がありませんでした。
丸山ワクチンはただの水だと言い放ち、マスコミから叩かれた政治家もいましたが、いまからみればその政治家の言葉は正解だったのです。
丸山ワクチンはその後白血球減少症の治療薬として承認されました。
術後補助療法で化学療法剤と併用した場合に感染のリスクを高めます。
時に致命的になる化学療法の副作用を丸山ワクチンが抑えるのですから、結果として延命効果が得られた可能性が高いようです。
丸山ワクチンががんに対して何か効果を持っているということではないという証拠の一つになりえます。
最後に
クレスチンの歴史を紹介したことで、なぜ免疫がうさんくさいものであると思われていたかが分かっていただけると思います。
がんの薬が世の中に出るときにはもう一つの障害があります。
それはマスコミによる過剰評価です。

免疫チェックポイント阻害剤がノーベル賞を受賞したとき読売新聞出身の塚崎朝子氏は東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科修士課程修了し、専門は医療政策学、医療管理学であるにもかかわらず、従来の抗がん剤と比べ、
①がん種を問わない
②副作用が少ない
③末期でも効き始めたらずっと効き、再投与もできる
という大きな特徴があるとの記事を書いています。
記事を書いた時点ではすでに免疫チェックポイント阻害剤の販売は始まっており、審査報告書が世に出ている状態でした。
その審査報告書を読むと確かに化学療法剤で見られるような副作用は少ないかもしれないが、間質性肺炎は報告されており、免疫チェックポイント特有の重篤な副作用である自己免疫疾患の発病が報告されていました。
臨床試験では50%生存期間は有意に延長しますが、末期のがんではがんの縮小効果によらず、全て2年後には死亡の転帰を取っていました。
どうも日本で作られた免疫チェックポイント阻害剤の方に日本では目が行っているようです。
今のところの問題点は高価な点だけですが、無効な薬を患者に使うことは一種の罪であることを認識の上、使用してもらいたいものです。
免疫チェックポイント阻害剤に対して効果の有無をがん細胞の細胞を検査することから可能でないかという文献がでています。
また、がん細胞がいかにして免疫チェックポイント阻害剤に対して耐性を持つかについての研究成果が文献に発表されています。
以上になります。最後までお読みいただきありがとうございました。