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いつもは【製薬会社開発部のひとりごと】を書かせてもらっていますが、今回はADHDの治療に新しい手段が追加されたことに関して紹介いたします。
新しい治療はテレビゲームです。デジタル治療用アプリ「EndeavorRx」です。FDAはAkili Interactive Labsに「EndeavorRx」をADHDに使用することを2020年6月に許可しました。
「EndeavorRx」は1日約25分、週5日4週間で注意機能スコアが対照群と比較して有意な改善を示すことが認められています。
日本においては塩野義製薬株式会社が臨床試験中で現在(2020年12月24日)も被験者を募集しています。
もくじ
ADHD治療の歴史
ADHDという病気が病気と認識されたのはアメリカが最初です。ADHDは病気として認められましたが、定義は色々と変わっています。最終的には2000年にアメリカ精神科学会がADHDを「不注意および/または多動性 – 衝動性の持続的な様式で,同程度の発達にある者と比べてより頻繁にみられ,より重症なもの」(引用しているガイドラインは抜粋です)と定義しました。(これは一義的にADHDと診断できる定義ではありません。なぜなら「より頻繁にみられる」が具体的に定義されていないからです。そのため、医者が親や担任教師から入手する情報で診断が左右されます。)
そのため日本のガイドライン(厚生省のe-ヘルスネットから引用しました。)では以下の様に定義しています。
「不注意(活動に集中できない・気が散りやすい・物をなくしやすい・順序だてて活動に取り組めないなど)」と「多動-衝動性(じっとしていられない・静かに遊べない・待つことが苦手で他人のじゃまをしてしまうなど)」が同程度の年齢の発達水準に比べてより頻繁に強く認められること
症状のいくつかが12歳以前より認められること
2つ以上の状況において(家庭、学校、職場、その他の活動中など)障害となっていること
発達に応じた対人関係や学業的・職業的な機能が障害されていること
その症状が、統合失調症、または他の精神病性障害の経過中に起こるものではなく、他の精神疾患ではうまく説明されないこと
ADHD(注意欠如・多動症)の診断と治療 | e-ヘルスネット(厚生労働省)
日本でADHDを医学界が受け入れ始めたのはアメリカの定義が定まったことが大きいと思います。それまではよく動き回る子ども、注意散漫な子ども、切れやすい子どもとして問題児として扱われていても病気とは考える医者は少数でした。
「のび太・ジャイアン症候群」という本が精神科医の司馬理英子氏によって世の中に出ました。この本が日本でADHDが病気であり、治療対象である事が世間に認知されるようになりました。
病気であれば治療が必要(あるいは可能)となります。社会的な治療として、教師、両親、地域社会、医師が協力することによって、子どもに自分の行動を認知させて症状が「同程度の発達にある者と比べてより頻繁にみられ,より重症なもの」をより少なく、軽症にしようというものです。
この治療法は治療する人にもスキルが必要です。従って、まず教師、両親、地域社会に病気を理解し、治療すべきものであることを認識させる必要があります。この治療は教師や両親のための教本や講演、医師との個別面談がもとになって実行されることになります。特に両親の教育はペアレント・トレーニングとよばれ(そのままですが)マニュアル化できています。
廻りの全てが理解している場合に社会的な治療は大変有効です。しかし、治療法の一般化に関してはまだまだの部分も存在します。
コンサータが子どものADHDの治療薬として認可されたことにより、治療可能性が格段に上がりました。
現在ADHDの薬物治療には精神刺激薬のコンサータとビバンセと脳内シグナル伝達活性化剤のストラテラとインチュニブがあります。こちらの記事(【製薬会社開発部員のひとりごと】コンサータはそんなに悪い薬?)も御覧下さい。
精神刺激薬は即効性があるので効果が目に見えて分かりますが、依存性が否定できないため使用するためには処方薬局での登録など手間がかかります。
ストラテラとインチュニブは脳の活性化が比較的少ないというメリットがありますが、効果を示すためには4週間程度必要なことから精神刺激薬よりも効果が出るのが遅くなります。
今4種類の薬が市販されています。しかし、日本で臨床試験が行われているのは「EndeavorRx」だけです。
鎮咳薬として長年使われてきたアスベリンがADHDに効果がある可能性が示唆されて第Ⅲ相試験まで行われましたが、プラセボに優位性を示せず開発中止になっています。
新しい作用機序が見つかるまでは新しい薬剤が出てくる可能性は低いようです。
EndeavorRxについて
EndeavorRxはADHDの治療機器として始めてFDAに承認されたものです。対象疾患は8~12歳の小児の不注意優勢型または混合型のADHDとなります。
タブレット端末でキャラクターを操作して障害物を避けながら、特定の標的をタップします。これは注意を払うべき対象をそうでないものから素早く見抜く能力が必要となります。これを1日15分週5日行うことによって注意力の上昇が認められます。
EndeavorRxの特徴はその難易度がゲーム中に最適化されることです。これによって不注意を改善します。また実際に行った経過に関しては全てデジタル的に蓄積されることから、両親、医師と共有できます。また両親、医師がデータを共有するためのソフトも提供されています。
効果は同じようなゲームで注意力を必要としないゲームを対照に行われました。そのゲームが治療用ゲームであるかどうかは結果が分かるまでは両親にも医者にも分からないようにすることで盲検性を保っています。
5つの試験が行われていますが、もっと重要な試験(FDAが有効であると認めることになった)はSTARS-ADHD試験とよばれています。対照群に対して統計学的に有意な改善が認められています。
EndeavorRxの治療用ソフトは入手不能ですが、紹介用のプログラムが公開されています。
2020年のアメリカ青少年児童心理学会ではさらに以下の発表がありました。
- 精神刺激薬を服用している患者のような効果が得られた
- 親の観察で1ヶ月の使用で3分の1の子どもが反応示した。
- 治療期間が長期になると反応率は増加し、2ヶ月で3分の2の子どもが反応した。
- 治療した場合3分の1で客観的な注意障害の消失が見られた。
- 注意障害が改善した子どもでは数学と国語の成績が上昇した
(成績の上昇に関しては探索的試験でえられたものです。きちんと計画した試験で評価をもう一度行う必要があります。)
日本においては塩野義製薬がライセンスを受けて臨床試験を実施中です(「小児注意欠如・多動症患者を対象としたSDT-001の第2相臨床試験」 JapicCTI-205254)。
現在も被験者募集中ですので、興味のある方は主治医にご相談ください。(試験の詳細を知りたい方は下のボタンをクリックしてJapicCTIの項に205254と入力して右上の検索を押してください)
最後に
いつもの開発部員のひとりごとの雰囲気でADHD治療の将来に関して少し書きます。
まずADHDは定義はされていますが、本当に一つの病気かどうかの疑問があります。注意散漫と多動です。これはどちらか一つの方がでている場合と両方出ている混合型に分類されていますが、本当に三つの病態がおなじ病気であるかです。
多動に関しては精神刺激薬が効果を示します。
多動に関しては年齢とともに改善していくとも言われています。大人のADHDは注意散漫の方が問題になると言われています。
これも、大人のADHDでは貧乏揺すりなど多動と考えられる症状があることを考えると必ずしも当たっているわけでは無いと思います。認知行動療法が効果を示す場合には多動性も収まりますが、これは自分で制御しているだけであるかもしれません。
今回紹介したEndeavorRxは注意散漫に関しては効果があります。当然混合型に関しても注意散漫の部分は改善します。子どもに対しての効果しか今のところ実証されていませんが、大人のADHDでも効果が実証された場合には、訓練によって改善すると言うことですから、ADHDの一部分は発達障害に分類されるのかもしれません。最近の発表では精神刺激薬と同様な効果があると発表されています。これはやはりADHDは一つの病気であるかもしれません。
このままEndeavorRxがADHDの治療に効果を示していけば、がんの世界における免疫チェックポイント阻害剤のようにノーベル賞ものの発明になるかもしれません。
脳波があまり被測定者に負担をかけずに測定できるようになってきました。また、目線の動きを運動の最中に測定することが可能になりました。これでADHDの患者の客観的なデータを測定することができれば、注意散漫や多動の症状がでている際に脳波が測定できるようになれば、ADHDの病因の解明につながり、新しい治療法の発見につながるかもしれません。
切り口はもう一つあります。遺伝子です。ADHDは遺伝の要因は少ないとも言われていますが、疫学的な研究や双子の研究がもとになっています。実際には異なる可能性は存在します。
遺伝子は全て働いているわけではないという事実です。またある現象によって遺伝子が働くのをやめる機構が明らかになりつつあります。多くの遺伝子はメチル化という形で発現することが停められています。遺伝子の解析が終わっても、実際にDNAからRNAに情報が伝わり、そのRNAが細胞内でタンパク質やその他のものを実際に作っているかどうかは明らかになっている遺伝子はあまりありません。
現在、この病気の遺伝子はこれだという発表は、病気の人とその病気でない人の遺伝子を比べて、いくつかの遺伝子が異なっている(配列が違う)、いくつかの遺伝子が停止している(メチル化している)ことを統計的に見いだしています。つまり、病気と遺伝子の関係は決して1;1ではないと言うことです。これは病気が一つの遺伝子異常から起こるものではないので、当たり前といえば当たり前です。
しかし、その遺伝子が体の中でどのような働きをしているのかを人で確かめたわけではありません。このあたりが明らかになってくると新薬が出てくるかもしれません。