【ep56】卵巣膿瘍について【性感染からの発症】

この記事を読むのに必要な時間は約 10 分です。

卵巣膿瘍は女性の病気ですが、女性しかわからない苦しみがあります。
原因は様々ありますが、大きな原因は性感染症によって引き起こす場合があります。
実は若い時に性感染症に罹患してしまったという経験のある方は特に要注意なので、ご参考までに読んでいただけるとありがたいです。

もくじ

発症は突然やってきた

私が卵巣膿瘍を発症したのは突然でした。

突然というよりは、卵巣に異常があるという自覚があったわけではなく、始まりは就寝時に急な腹痛と下痢、嘔吐に襲われたのです。

翌日が休日だったこともあり、とりあえず休日当番医へ駆け込みました。
担当医からは「急性胃腸炎でしょう」との診断で、吐き気止めの点滴をし自宅へ帰されました。

しかし、自宅に戻っても症状は改善せず、体力の消耗も激しかったため救急車を呼び総合病院へと搬送されました。
検査の結果はやはり急性胃腸炎でしたが、炎症の数値が良くないので念のため入院して経過観察を行うということになりました。

症状悪化

入院をして1週間ほどが経過した頃でしょうか、採血の結果が思わしくなく「もう少し詳しく検査をしてみましょう」と主治医から伝えられました。

その時に疑われたのはクロストリジウム・ディフィシル感染症です。

クロストリジウム・ディフィシル感染症とは抗菌薬関連大腸炎ともいわれ、感染症の治療のために抗菌剤を使用することが引き金で細菌を誘発することが多く、私自身抗菌剤の投与をしていたこともあり検査が行われました。

検査結果が出る間は万が一に備え、塩酸バンコマイシンの投与が開始されました。
約1週間くらい経過した頃に検査結果がでましたが、結果は陰性。
しかし、症状が改善される事はなく採血の数値も悪化傾向になり、私の体力もどんどん失われていきました。

腹部の腫れ

一体何が原因なのかもわからぬまま時間だけが過ぎていきましたが、それと同時に腹部が腫れているような違和感を感じました。

その事を主治医に話すと、CT検査をする事になりました。

そしてCT検査の結果、ダグラス窩(子宮と直腸の間に存在する部分)に影のような物があるとの診断でした。
入院先の医療機関にの紹介で、婦人科の入院施設がある市内でも一番大きい医療機関での精密検査を勧められました。

少しでも原因がわかるとの期待を込め、すぐに紹介先の医療機関へ向かいました。
しかし、この検査が私にとって最悪の結果をもたらすことになったのです。

婦人科では内診とエコーの簡単な検査だけで、告げられた病名は『月経の時の出血が体の中に残り血腫となった』だけとのことです。
「え?それだけでこんな具合の悪い状態になるの?」と耳を疑いましたが、それ以上の検査は行われず入院先へ戻ることとなりました。

退院

検査結果が書かれた紹介状を持ち、入院先の医療機関へ戻りました。
紹介状を読んだ主治医が出した結論は、これ以上の治療方針が見当たらず後は退院してもらうしかないとの事でした。

私の体は原因がわからず改善しないままでしたが、治療見込みがないく、入院を続けても仕方のない状態だったので退院する選択肢しかなかったのです。
炎症の数値が良くない事もあり、抗生剤を処方され泣く泣く退院する事になりました。

自宅へ帰ってきましたが、私の体の中では原因不明の何かが起こっているだけではなく、退院するまでの約2週間は食事もほとんどできなかったこともあり、歩くこともできませんでした。
その上、内服の抗生剤が効くこともなく熱はどんどん上がり腹部に激痛が走るようになってしまったのです。

家族からは、「もう一度婦人科のある医療機関を受診したほうがいいのではないか」とも言われましたが、そこへの信頼を失っていた私は断固拒否をしました。

そして悩み抜いた結果、自宅から遠く離れた高度な設備のある医療機関を受診することになったのです。

緊急手術

新たな医療機関に到着した頃には自力で歩く事もままならず、なんとか車椅子に乗った状態で、まずは内科の診察を受けました。

そこで私のパンパンに腫れた下腹部を触診した内科医は「これは内科ではないから婦人科の先生に連絡を取ります」と言ったのです。
時刻は夕方をまわっていましたが、事情を聞いた婦人科の先生がすぐに診察をしてくれました。

診断の結果は卵巣膿瘍

しかも、卵巣が腫れ上がり大腸と癒着をし、腹膜炎まで起こしているほど進行した重症の状態であり、あと数日何もしないでいれば死に至るとの事でした。

医師からは、
●手術はかなり大がかりになること
●卵巣を摘出しなければならなくなること
●大腸への癒着が酷い場合には大腸の一部を切除する可能性があること
を告げられましたが、悩むまでもなく手術をお願いしました。

そして、この2週間の期間を悔やみながら手術室へ向かいました。

手術は成功したものの

約6時間の時間を経て私の手術は終わりました。

麻酔が覚め、病室に戻り家族の顔を見たときには「生きている」と実感する事ができました。
手術翌日はまだ意識が朦朧としていましたが、2日目くらいからは様々苦痛との戦いでした。

手術ではへそ下から20cmほど切っているので傷の痛みに加え、膿瘍を摘出してもすぐに炎症が治まるわけではなく高熱にも苦しみました
その上、これまでの辛い生活で10kg以上も痩せてしまった私の体は血管すら弱ってしまい、点滴が漏れてしまう事もしばしばでした。
何度も点滴の針を刺し直した腕はあざだらけになり、体力を失った体はたった数m歩くのに時間がかかってしまうようになってしまったのです。

手術から約2週間後、やっと食事の許可も下り、退院へ向けて体力を戻す準備が始まりました。
しかし、蝕まれすぎた体はそう簡単に言うことは聞いてくれませんでした。

延期が続く退院

病気になり悪い部分を取れば良くなると思うのが普通ですが、今回はそうは行きませんでした

なかなか順調に進まない入院生活でしたが、本格的に退院に向け抜糸や退院調整が始まりました。
数日後に退院許可が出たため採血をしたところ、なぜか肝機能が悪化し、急遽肝機能の治療が始まりました。

すぐにわかった原因が、手術後に服用していた漢方薬が原因とわかり漢方薬の服用は中止しになりました。

肝機能は落ち着いたものの、今度は胸の苦しさがあり、検査をすると胸水貯留が認められ、治療のために胸水穿刺もしました。
女性器を手術すると胸水貯留が希に起きるとい説明がありましたが、胸水穿刺は生きた心地がしないような緊張感で心身共に疲労感が残りました。

そんな弊害を乗り越え、やっと退院できるようになったのは手術をしてから1ヶ月半も経過したころでした。

現在の私

大病を経験し、現在の私は元気に過ごしていますが体の不調は数年経過した現在も残っています。

まず、女性器に関する不調が顕著です。
女性が毎月訪れる月経が完全に狂ってしまっています。
また、今回は片方の卵巣の摘出を失いましたが、残りの卵巣も機能が低下しています。
そのため、不妊であるという現実も突きつけられています。

また、大腸への癒着によって腸閉塞を起こすリスクが高くなってしまいました。
そのため、消化不良を起こしやすい食べ物は食べられず、この病気を患う前までは下痢など経験をしたことがなかったのですが、現在は形のあるお通じはでません。

その後遺症は今後も一生付き合っていくしかないのは理解せざるを得ませんが、この病気を発症した主な原因は性感染症です。

性感染症は人生をも変える

前述でも申した通り、私の病気は性感染症が原因で起きたと告げられました。

特に若い年代の方でしたら、クラミジアやカンジタ等の感染症は薬で完治すると思いがちでしょう。
実際に、私自身も感染経験があり薬で治るから大丈夫と思っていました。

しかし、その時は完治していても病原菌は時間を経て体を蝕んでいくのです。
そして、私のように死を意識しなければならないような恐ろしさが突然訪れるのです。

HIVと聞いた時にどう思いますか?
怖い、危険な病気と思うのが普通だと思いますが、クラミジアやカンジタなどと言った一般的に完治すると思われる病気ほど時を経て成長するのです。
それにより、今後の夢や期待を失ってしまうことがあるのです。

性病は若気の至りなんて思う方もいるかもしれませんが、若気の至りでは済まない後悔も生まれる事を知っていただきたいと思います。



カテゴリー:体験談

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