【ep137】複雑性PTSD【無自覚に閉じ込めた記憶との闘い】

この記事を読むのに必要な時間は約 8 分です。

◎この記事の中の人プロフィール◎
【年齢】39歳
【職業】事務職(IT系) 現在は育児休暇中
【服用薬】
〈常時服用〉パキシル、テグレトール、ハルシオン、ネルボン、ヒルナミン
〈頓服〉ソラナックス、メイラックス、レンドルミン
【喫煙】なし
【飲酒】会社等の飲み会など
【医師からの指摘】飲酒と服用薬との関連について
睡眠薬服用中は基本的に飲酒は控えるように。
会社等での飲み会で飲酒時は睡眠薬は服用しないこと。
精神的に荒れると飲酒量が増える。

複雑性PTSDとは

自分の過去の記憶やフラッシュバックと戦い共存する病気です。

あまりに過酷な体験をすると、人間は生きるために記憶を消すそうです。
この病気になる人も同じように記憶を消そうとしますが、完全には消去されません。

そのため、急につらかった経験の記憶が戻ってしまうのです。

フラッシュバックは突然始まり、いつ終わるか分からない不安と恐怖が強く、経験した人にしか分からない絶望感があります。
症状がひどくても他の人には分からないので孤独を感じる時があります。

私の場合は、最初の診断では境界性パーソナリティー障害でした。
しかし、欠落した記憶が戻ったことで診断名が複雑性PTSDに変更されました。
過去虐待されていた頃の記憶が38歳の時に戻り始めたのですが、当時は出産を終え産後2ヶ月だったので心身ともにつらい日々を送りました。

「記憶が戻るということは、それだけ心が強くなり記憶が戻っても大丈夫になったということです」と臨床心理士が教えてくれました。
臨床心理士など専門的な知識を持っている人と長期的な安定した関係を築くことができれば過去の傷を乗り越え投薬なくても安定して生活することができます。

フラッシュバックが起きている時は過酷で生き地獄で死んでしまいたいと何度も思います。
そのつらさは家族も理解が難しいので、専門的な知識がある人が必要です。

複雑性PTSDの経過

発症した頃の様子

誕生から小学校1年まで祖父母と両親から虐待されました。
中学校1年途中から不登校になり、自傷行為(リストカット)を繰り返すようになりました。

気分の落ち込みがひどくなり眠れない日が続きます。

中学校2年の時、母と一緒に心療内科を受診し、精神安定剤と睡眠薬を服用し始めました。

副作用で中学生なのに母乳が出たり、口が渇いたり、便秘がひどく切れ痔になったりして、そちらでも苦しみました。
また、服薬していても鬱状態がひどく、自殺未遂を繰り返したりアルコールに依存したり、もがき苦しんでいました。

当時はどうしてこんなに気分のムラがあるのか分かりませんでしたが、気分のムラは記憶が戻りかけたりした時に起きているそうです。

中学生の頃は虐待されていた記憶がないので、「自分が駄目だから心のコントロールさえできない」と自分を責めました。

自殺未遂をして入退院を繰り返し、薬も増えたり減ったりを繰り返していました。

転機

自分のことを理解してくれる臨床心理士と出会ったことが転機となりました。

定期的にカウンセリングを受けて、考え方の癖を取り除いていきます。
単なる悩み相談ではなくトレーニングのようなもので、癒し目的ではなく自分の過去と対峙するため、カウンセリング終えた後は疲れきることも多かったです。

臨床心理士とカウンセリングし始めてから数年はいつも眠くて仕方なかったです。
自覚ないまま内面(無意識)で情報の整理が行われているため、ひどく眠かったようです。

自分で受け止めきれない体験の記憶は、解離という状態を起こす場合があります。
解離とは、まるでスクリーン越しにいろんなものを見ているかのようなふわふわした感覚になったり、現実感がなくなる状態です。
体の感覚(痛い、寒い)など感じにくくなります、それは体がおかしいのではなく、強烈な記憶と戦うために脳がいろんな機能を失わせているためです。

記憶が消えてしまうことも、解離するのも生きるための正当防衛のようなものです。

臨床心理士と出会いカウンセリングを繰り返すことにより精神的が安定していきました。

現在までの様子

結婚せずに30代後半でしたが、精神が安定したこともあり婚活をし始めます。
婚活で夫と出会い結婚、その後は妊娠を希望したので服薬状況について医師に相談しました。
薬を少しずつ減らしていき、最終的に投薬をやめられるように治療を進めると決まり、そこから減薬が始まりました。

医師の指示通り少しずつ減らしていったのですが、ある日から吐き気やめまい、手の震えに襲われてしまいました。

長期的に毎日薬を服用し、その状態で血中濃度が保たれていたので、薬を減らしたことで脳が混乱して誤作動を起こした状態になりました。
この様な状態を離脱症状というそうで、身体が慣れてくれば症状は無くなっていきます。

その後、断薬に成功したので投薬治療を終了して定期的なカウンセリングのみでの治療を続けることになりました。
そのタイミングで無事に妊娠もし、出産後もカウンセリングだけで状態が安定しているので授乳も気を遣うことなく育児が出来ています。

まとめ

フラッシュバックを繰り返している時や急に記憶が戻った時は、驚きと恐怖で絶望的になります。

それでも、必ず終わりはあります。

過去を乗り越え共存することができるようになった時、人生観も変わり、自分の中に明確な人生哲学ができます。
他の人にはない考え方ができたり、固定観念に縛られず自由に考えることができます。

精神的な強さを身につけその後の人生をより楽しむことができます。

過去の傷を乗り越えるのはすごく大変で、理解できる人もいません。

信頼できる専門家(臨床心理士など)を見つけ安定した関係を築くことが乗り越えるために必要です。

フラッシュバックがひどい時は、過覚醒といって音や光に敏感になり不眠が続くため、必要に応じて睡眠薬や安定剤、抗うつ剤を服用し少しでも楽になるように相談しましょう。

同じ病気にかかっている人へのメッセージ

記憶が消えてしまうことは、私にとって恐怖でした。

人を傷つけたり、非道なことをしても覚えていないのではないかと不安になりました。
しかし、その不安は臨床心理士の言葉で解消しました。
「耐えられないと判断し記憶しないことを選択しているのはあなたであり、そのスイッチはあなたが握っている」
記憶を消しているもの戻すのも、自分自身がスイッチを握っています。

記憶が戻ることはつらいことですが、自分自身をより知ることができます。

いつもどうしてこうしてしまうんだろう……と思っていたことが分かったり、疑問すら感じずに生活していたことにも疑問を感じるようになり、その原因である過去の記憶を辿っていきます。

その先にあるのは、自分が主体となる人生の創造です。
自分にとって必要な人や物、不要な人や物が明確になり生きやすくなります。

私の場合、娘がいる幸せをかみしめることができました。
過酷な過去と比較しても、今の幸せは次元が違う幸福です。
そう思えるのは、その過去があったからです。
生き直すように二度目の人生の始まりとなります。
フラッシュバックには終わりがあります。
永遠に続く闇はありません。

実際に試したおすすめの治療法を紹介

  • タッピング
  • エクスポージャー法
  • バタフライハグ
  • 眼球運動
  • マインドフルネス
  • イメージ療法
  • 自律訓練法   


カテゴリー:体験談

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